2013年03月09日
「山女魚・岩魚・鮎/高野三郎」
「山女魚・岩魚・鮎~渓流釣りの技術と釣り場~/高野三郎」(鶴書房)
昭和39年に発行された古い渓流釣りの本を手に入れた。暗いトーンの渓流の写真に、白抜き太明朝の「山女魚・岩魚・鮎」も装丁がなかなかいい雰囲気だ。「山女魚・岩魚」と「鮎」の章に分かれていて、それぞれに釣り方と釣り場紹介で構成されている。
ざっと目を通していると、何故か本文テキストにいくつかの釣り記号が使われていて、なんだか奇妙で読みにくい。「竿」「ハリ」「オモリ」「ウキ」「餌」の五つに記号が当てられている。そして何故だか「餌」の記号には毛針が使われている。川虫やミミズ、イクラの生き餌の紹介のところで、さんざん「毛針の記号(=餌)」をつかっておきながら、申し訳程度にページを割かれている毛針釣りのコーナーでは毛針と書くところをわざわざ“毛「ハリの記号」”と表記してある。記号の使い方は徹底していて、鮎の章でも“主として石垢を食「餌の記号(=どうみても毛針だ!)」として・・・”とあって、記号の表わすイメージと文脈から想像できる言葉がねじれて、テンポよく読めないこと甚だしいのだ。
きっとこの高野三郎というおっさんが無理を通し、編集者を困らせたに違いない。それとも当時はこういう表記が流行っていたのだろうか・・・。
今週にはいってから急に温かくなった。今日も20度を超えているはずだ。ようやく川の様子が気になる季節になってきた。今年の釣りシーズンもいよいよ開幕だ。
2013年02月23日
『NARUTO 巻ノ63 〜夢の世界〜/岸本 斉史』

ついにトビの正体が明らかにされました。うちはオビトだろうことは、前巻でカカシの写輪眼と同じ眼を持っているということから間違いなかったのですが、非常に残念です。今さらオビトなんかに出てきて欲しくはなかったのです。
オビトとトビの名前の近似はミスリードを誘うためであり、トビの名前の由来については十尾(とび=じゅうび)の方がピンときました。実はそっちがミスリードを誘うためのものであり(というかそれも含めて周到に名づけられたのですね)、そのために僕はトビ=六道仙人ではないかと、ひとり想像してしまいました・・・。
正体が明らかにされ、オビトがトビ=マダラを騙るようになった過程が足早に回想されます。オビトは神無毘橋の戦いでの瀕死の状態から、マダラに柱間の細胞を移植されたことにより蘇りました。そして、リンの死をカカシの写輪眼を通して視たことにより共に万華鏡を開眼し、夢の世界をマダラと作ることを決意するようになります。
カカシがリンを殺さなければならなかった理由はまだ伏せられいます。おそらくはこの後、カカシとの戦いの最中にその真相が知らされ、オビトは改心するに違いありません。ジャンプが掲げる「友情」が取り戻されるに違いないのです。「みんなともだち」とか、もううんざりです。少年マンガ的な生ぬるい展開は必要ありません。トビはオビトではなく、トビとして倒されて欲しいものです。あのちゃらけたキャラと不遜な態度のギャップ、絶対に傷つかない術こそがトビの魅力だったのに仮面を外した彼にその魅力はもう残っていません。
そんな穿った見方しかできない僕ですが、マダラのアジトで意識を取り戻してすぐに「写輪眼は左右揃って本来の力を発揮するのだ」と云われ「オレがカカシと揃えばより強くなれるってことじゃねーか!」と素直に呼応するオビトの健気な気持ちは、ちょっと応援したくなりました。今後の展開の中で大切なキーワードになるに違いありません。
2012年12月13日
「京都ま冬のブックハンティング」

毎年、年末に一乗寺の恵文社で開催されている「冬の大古本市」が今年は左京区内の書店・古書店と連携する形で、「京都ま冬のブックハンティング」として開催されます。
恵文社の他、一乗寺の荻書房、北白川のガケ書房と善行堂、それと浄土寺にあるコトバヨネットと左京区が誇る個性的な書店が名を連ねています。特設サイトでは『「春の勧業会館」「夏の糺の森」そして「秋の知恩寺」に続く京都第四の古本祭りを目指します!』とたからかに目標(あるいは野望)をうたっています。
各店で、それぞれイベントを行うのですが、気になるのは恵文社での『横尾忠則装幀本 展示&大放出』、ガケ書房での『古書善行堂の倉庫在庫大放出500円市』とコトバヨネットで1月27日に開催される『Boseの続(俗)・脱アーカイブ宣言』でしょうか・・・。
とにかく左京区に住んでてよかった、と思わずニヤニヤしてしまう古本イベントなので、年末年始はあちこち巡ってみたいと思います。
あ、巻頭にあげたちらしもすごくいい感じです。
■「京都ま冬のブックハンティング」HP
2012年12月12日
『NARUTO 巻ノ62 〜皸〜/岸本 斉史』

長かった穢土転生の時代がようやく終わりました。
サスケとイタチの兄弟タッグにより、カブトはイザナギの幻術にとらわれ、穢土転生の術を解除しました。55巻から6巻あまり。ジャンプの連載では一年以上になる長い長い戦いでした。とにかく死んだキャラが蘇って戦うという昨今のゾンビブームにのっかかったとしか思えない闇の時代に終止符が打たれたのです。これからの展開に克目するしかありません。
それぞれのキャラは穢土転生の解除により塵芥に戻ったのですが、マダラは自ら術を解く形で、術の支配から逃れ(しかも柱間付き!)を五影に対峙します。
ナルト、八尾にカカシとガイを加えた4人は十尾の復活を目論むトビの面に皸をいれ、トビに術、しいてはトビの謎に迫ります。
そしてイタチに「おまえのことをずっと愛してる」と云われたナイーブな青年サスケは、第四次忍海大戦の戦線から離脱して、よりによって大蛇丸(まだ生きていた!)を復活させ、うちは一族の謎(それは六道仙人と十尾とこの世界の謎につながっているのかも?)に向かうことになりました。
サスケの動向も含め、停滞していたストーリーが進捗し大きく舵をとり始めました。これから暫くが目が離せない展開が続きそうです。
2012年11月03日
4日目の古本まつり

百万遍の知恩寺でひらかれている古本まつりにようやく行くことができました。
朝からゆっくりまわって買ったのはたったの四冊…。
ユリイカのラテンアメリカ文学特集、そのラテンアメリカ文学の翻訳家である野谷文昭のエッセイと、開高健の対談集。それと戦前に発刊されたモルゲンターレルの『山!』という本。
四日目のせいなのか、たった四冊ではいまいち物欲が満たされません。初日にはどんな本が並んでいたのでしょうか…。
古本まつりは明日までです。
2012年08月19日
『NARUTO 巻ノ61 〜兄弟、共闘!!〜/岸本 斉史』

今さら、イタチとサスケが共に戦うことに意味があるのでしょうか?サスケはイタチの遺志を取り違え木の葉への復讐心にとらわれている。だからこそのマダラ達との共闘であり、物語のクライマックスであるはずの対ナルトとの戦いがあるハズなのに・・・。それとも、この第四次忍界大戦はまだクライマックスへのプロローグでしかなく、マダラもトビも居なくなった世界で、サスケは木の葉への恩讐を乗り越え純粋に力と力の戦いをナルトに挑むのでしょうか?
ともあれカブトごときに、イタチ(穢土転生状態ですが・・・)とサスケの豪華な兄弟タッグを組ませる価値があるのかも疑問です。たかがカブトなのに、調子にのった彼は「ついに大蛇丸様を超えたんだよこのボクが!」とまで言う始末。完全にキャラがおかしくなっています。自分探しの過程で大蛇丸に心酔し、大蛇丸との同化に辿り着いた彼は結局自分を見失っています。そんな彼も長門や弥彦・小南と同じかわいそうな戦争遺児で、大人達にその幼いココロと優れた能力を利用されただけに過ぎないのですが、もはやカブトにまで感情移入することはできません(脱皮を繰り返すカブトの造形も気持ち悪いしな・・・)。
そして写輪眼を利用したうちはの瞳術が無神経に増加していくのも、天照・月読・須佐能乎の価値が薄められていくようで残念でなりません。イザナギが出た時点でイザナミは予想されたとはいえ、だんだん写輪眼がドラえもんのポケットになってきました。術があまりに都合よすぎます。
はやくこの忍海大戦を終わらせ、トビの正体とマダラの秘密、うちは一族の悲劇と森の千手一族とうずまき一族、全ての始祖である六道仙人の謎が紐解かれる展開にならないのでしょうか。
それがわかれば、ナルトとサスケの最終決戦ですら、蛇足でしかありません。