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2009年05月11日

バンドマン、歌ってよ。

バンドマン、歌ってよ。
『RHAPSODY / RCサクセション』


バンドマンとしての清志郎が好きだった。

そして僕にとって清志郎=RCサクセションであり、決してRCサクセション=清志郎ではなかったので、清志郎の新しいバンドにはピンとこないまま10年が過ぎ、さらにこの10年はCDすら持っていない始末だ。20年前のRCの解散をぐずぐずと引きずっている悪いファンのひとりだった。

“バンドマン、歌ってよ”と歌われる「ラプソディー」が収録されている久保講堂のライブ盤はRCのライブ盤の中でも特別だ。なにしろRCの黄金期を支えたメンバーでの「よォーこそ」が収録されている。バンドのメンバーを順番に紹介していきながらライブはいきなり最高潮を迎える。メンバー紹介を歌にして、しかもメンバー全員が最高だぜ、ごキゲンだぜと自画自賛しながらシャウトする忌野清志郎は素敵すぎる。

新井田耕造とGee2woが抜け、『Baby a Go Go』のリリースされた後、RCは活動停止になるのだけれども、すぐに活動を再開すると思っていた。ところが1994年になって清志郎とチャボの『GLAD ALL OVER』がリリースされた。RCの曲を清志郎とチャボで目いっぱい演奏している。そこにはリンコさんの姿すらなく、RCの解散を決定事項になったのだと思うしかなかった。そのときも大きな喪失感があった。

その『GLAD ALL OVER』でも「よォーこそ」が演奏されている。サポートメンバーの中には大好きなKYONもいたのだが、なんだか腑抜けたテンションで何回聴いても僕は盛り上がれなかった。あれこそバンドのマジックだったのだ。清志郎だけでなく、チャボが居て、リンコさんが居て、新井田耕造が居て、Gee2woが居て、梅津さんも居て、それでメンバー間で大きな化学反応が起こっていたのだ。その化学反応こそがロックンロールなのだ。

週末もずっとRCのアルバムばかり聴いてました。僕の追悼はまだ終わっていません。


 





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